Limits to medicine Medical Nemesis: The expropriation of Health by Ivan Illichを読むヒント(2) Introduction
医療に歯止めをかける:医療における因果応報
はじめに
イリッチは極めて挑戦的な警句で原著を書きだした。それはことに医学界に大きな論争と、著者に対する非難を巻き起こした。医学の素人が何を言うのか、ということである。
■今日の医療体制は健康を大きく脅かすものとなっている。医療専門家の支配は生命力を無力化し、ある意味疫病 と言えるレベルまでになっている。この新しい疫病の名である「Iatrogenesis」 は、ギリシャ語の「iatros」(医師)と「genesis」(起源)に由来している。医学の進歩という病が医学会の議題として取り上げられるが、研究者は診断と治療(法)という病気を作る力に集中するが、治療による思わぬ健康被害が報告され、医学・医療の問題事例集に次第に多く追加されるようになった。医療関係者はこれまでになくモグラたたきに追われている。
イリッチは俗に体制批判者であると言われる。しかしそのような一言で彼の思想を片付けてしまってよいのだろうか。現代のいろいろな体制が20世紀に入って巨大化し、一般市民に権力を振るという状況はどういうことなのか?体制批判というより、体制の権力に翻弄されて、しかもそれに気づかない一般の人びとへの警告と見るべきであろう。
■医療の歯止めは、医療専門家の自己抑制以外のものによらなければならない。私はギルド としての医学界が、自らを医学改革の唯一の適格者だと主張することが幻想にすぎないことを示したいと思う。専門職者が権力を持っているのは、今世紀(20世紀)に大学教育を受けたブルジョワジーが作った医療職へ、人々の固有の権利を政治的に委譲した結果である。それは今となってはそれを認めた人々が撤回することはないために、この権力の悪質さを市民の人びとが広く納得しなければ正すことができなくなっている。
イリッチは健康という概念を定義し直している。世界保健機関(WHO)が定義した健康の概念はある状態の静止的なものであるが、イリッチは人間の体が外部条件に対応する能力であるとする。対応することは動的な概念である。ここに体制に対する彼の反骨心を汲み取ることが出来よう。そして健康の営みを他者(端的に言えば医者や医療機関)に任せきりにしてはならないと説く。
■「健康」を簡潔に言えば、ヒトの内的環境である心身状態が外的環境条件にどの程度対応できるかという力を示す日常用語である。(中略)少なくとも、ある社会の健康は政治が環境を整え、すべての人、特に弱者の自立、自律、尊厳を促す状況を創り出せるかどうかにかかっている。したがって、健康のレベルは外的環境が一人ひとりの自律した応答・対応能力を引き出すときに最適なものとなる。生きる上で、ヒトの持つ恒常性の調節を他人の指示に任せて、その度を超していくと健康は低下するのである。
では、医学界に体制を自浄する力はないのか。イリッチは、医師は最もそうするための訓練を受けていない人達であると断言する。
■医学に無縁な一般の人に向けて本書は書かれているが、そういう人々も医学が医療に与える影響を評価する能力を自ら身につけなければならない。現代の専門家にはいろいろな人がいるが、医師はこの一刻を争う課題を探求するには、最も能力開発の訓練を受けていない部類の人びとである。社会全体に蔓延する医原病からの回復は政治的な課題であり、医療専門家の扱う課題ではない。それは、治療を受ける自由と、公平な保健医療への権利とのバランスについて、市民の草の根レベルにおける合意が必要である。
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原書(1995年版序文 「始めに」)を読むための語彙の注釈
本来、原著もしくは原著の訳に他訳文にはない項目が多く含まれている。しかしこの語彙を眺めるだけでも、伊立地の生きた時代背景や入り訳文にはない項目が多く含まれている。しかしこの語彙を眺めるだけでも、イリッチの生きた時代背景や入りが伺われ、読者の興味を惹くことを期待している。
1. イリッチは専門家や制度による管理に対抗し、市民が自らの判断力と自律性を回復し、公共的な討議を通じて社会のあり方を決定していく営みを想定している。「市民の自律的な行動と討議」が本来の政治の姿だと考えるイリッチの政治観は「専門家支配からの解放」と「市民による自律的な社会運営」を重視しており、古代の直接民主制への憧憬があるように思われる。
2. 「誰一人取り残さない」(Leave No One Behind)のスローガンは、SDGs(持続可能な開発目標)の中核的、崇高な理念である。現状は最も脆弱な層への支援よりも、先進国の利益が強調される面がある。今日、このスローガンはビジネスに取り込まれている。
3. 現代の医学界が中世のギルドにたとえられているのは、職能集団、厳しい徒弟制度、閉鎖性、独占的立場などの類似性のためであろう。
4. 「ブルジョワ」とは中世の都市(ブルク)に住む人々を意味した。大航海時代や重商主義政策による貿易の拡大が、港湾都市や首都を中心に富裕層を形成し、これがブルジョワジーとして発展した。ブルジョワジーは封建的土地所有を廃棄し、資本制生産様式に基づく近代社会を目指す民主主義革命(ブルジョア革命)の担い手となった。
5. 生産、消費活動のそれぞれについて正、負の外部性(合計4つ)がある。消費における負の外部性とは、ある製品を消費することで第三者に害(犠牲又は負担)を及ぼす結果である(車社会の大気汚染、死亡事故など)。影響を与える側は、通常その悪影響に対する対価を支払わない。治療による健康被害は患者であるという負担に加えて新たな健康被害を与えるという多重性が他の外部性と異なる。
6. 植民地とは本国からの移住者によって経済的に開発され(植民・移民)、本国に従属する地域。統治領とも呼ばれる。古代ギリシャやローマ時代には、新しい地域に移住して形成する社会を意味した。比喩的用法は、政治的、経済的、文化的な支配や従属関係を強調し、批判的に表現する際に用いられる。
7. 戦略は長期的で根本的であり、戦術は短期的で対症療法的なものである。この使い分けは反社会的生産活動を防止、あるいは回避する正解が短期的には見つからないものであることを言おうとしている。
8. 現代においては企業の合法的な生産活動がイメージされるが、イリッチは個人の生産活動も含め、また公的な市場では取引されない非公式な生産活動(主婦の家事労働、家庭内の介護、物々交換など)も含めている。参考:見えない巨大経済圏、東洋経済。