偏見とアニミズム(4) 夜中から学ぶ
日本文化というか、生活の中に根付いているアニミズムの具体例を挙げて、夜間中学で日本語の関連する単語、文章と同時に教えてみたいという気持ちがある。アニミズムの存在はその社会の中で生活している人々には気がつかないものである。いや、気がつかないのではなく、暗黙に共有されたものであるから、特に深く考え、言語化することがないというべきであろう。食事の前に「いただきます」というのはどうしてか、それはどういう意味なのか、と考えるのは学者でもなければまずしないであろう。キリスト教との対比で、それは食前の感謝を表すのだと説明しても、誰に感謝するのか、どうしてか、という素朴な疑問が湧いてくるだろう。暗黙の了解という文化はnativeであっても手ごわいのである。
さて、私たちの日常で珍しくもないアニミズムの事例を拾ってみよう。
日本人のコミュニケーションの基底には「甘え」の下地があると土井健郎はいう。この甘えは、相手が自分の気持ちを汲んでくれるという期待である。それは遠慮という態度を生み出すが、地位の低いものには忖度を暗に陽に強要するまでになる。自分の意見をはっきりということは憚られて、語尾を濁すか、黙り込んでしまう態度にもなり得る。周囲との調和を無意識に調整するのである。
内と外との区別も日本文化の典型である。おもて/うら、本音/建前とも言われる。本音はどのようにオブラートに包んでも、日本人には強い感情的インパクトを与えることが分かっている。だからこそ断りにくい間柄の人の頼みにはあれこれ言葉を濁すのである。「ぶぶづけ」も建前と本音の使い分けの京文化である。
義理人情もまた典型的な日本的情緒であろう。演歌は義理人情の世界そのものである。義理人情は男女の色恋の機微も取り込み、日常生活では贈答文化になっている。香典返しや祝儀はもらった金額の多くて半分の値段のものを用意するなどはまさに暗黙のルールであった。恩もまた義理人情と贈答文化が混じり合ったものだろう。特別にお世話になったことは「恩」となる。学問を指導してくれた先生を「恩師」という。恩はいつか返すべきものなのである。相撲で胸を貸してくれた先輩に勝つことは、恩返しと言われる。
夏のお盆の時期にはお中元を、年末にはお歳暮を相互にやり取りし、正月には年賀状を出し、お悔やみがあれば年賀状を出すのを控える、というのも関係性を重んじる日本文化である。これらは一時的な関係性でなく、永続的な関係を望む気持ちが底辺にある。塩で清め、水に流すという行為や精神性もまたアニミズムである。日本はモンスーン地帯で世界でもまれなほど水に恵まれている。水は清め、汚れ、過去の大事も細事も忘れ去り、水神として崇められている。
和もまた古来、日本的である。聖徳太子の十七条の憲法の第一条「和を以って貴しとなす」はその成立が7世紀にさかのぼる。この憲法は役人が守るべき決め事(道徳律)であったが、現在では人間関係の不調和を回避するための暗黙の知恵になったと言えよう。余談だが、我が奈良県王寺町には社会福祉施設の「以和貴会」と、老人クラブとしての「以和貴会」がある(聖徳太子は奈良県が生んだ歴史上もっとも偉大な政治家であるから二つでは足りないと私は思うのだが)。
現代の若者言葉にKYという略字が定着している。これは場の空気(雰囲気、様子)を読め(悟れ)という言葉の符牒(一種の暗号)である。この言葉は15年ぐらい前に流行のピークであった。現在は少し古臭くなっているが、未だに使われている。ちなみに最も悪名高いKYの犯人は、かつての首相・安倍晋三であり、その内閣は広く「KY Cabinet」(空気を読まない内閣)として知られている、とされる。自身は役人の気持ちも空気も読まずして、自分への忖度だけを要求していたのかもしれない。
まとめると日本文化はアニミズムの影響を受けていないものはないぐらいであり、広く日本文化全体に根付き永続していると言えよう。古典芸能、日常儀式・儀礼、言語表現(敬語システム)、若者言葉しかりである。同時に私たちは諸外国のアニミズムにもっと関心を持てば、よりよい相互理解に向かうと期待できるだろう。このエッセイを締めくくりあたり、一つのエピソードを思い出す。1970年の大阪万博でのことである。アルバイトに雇われた若い大学生の女性が、トイレの便器を掃除するのに、ひとつ一つにご苦労様、と声をかけていたという。自然と人間だけでなく人工物にも霊魂が宿るという感性が日本のアニミズムなのだ。