偏見とアニミズム(2) 夜間に学ぶもの
前回のエッセイで日本だけでなく世界各国にアニミズムがあると書いた。しかしそれらのアニミズムは日本とどのように違うのか、あるいはどういう共通点があるのかという問いについて書いてみようと思う。世界的に過ぎる視点からこの問いを考えると漠然とした抽象論に陥る。夜間中学の生徒さんの出身地を考慮して個別にみていこう。
まずはベトナムから。
「ベトナン人は死を信じるのではなく、死者を信じる」。ベトナムの民俗宗教は、「organized religious system」ではなく、地元的崇拝伝統の集合体で、仏教、道教、儒教の影響を受けながらも、古代アニミズムが根本的な精神の源:祖霊信仰であり以下の二つの基本的信心を持つ。
1. 故人の祖先は、生者の事柄に対して「継続的で肯定的な関心」を持ち、保護と指導を提供する
2. 同時に、祖先に失礼な行為をすれば、「報復と罰」の可能性がある
この二面性が、祖霊祭祀の継続的実践につながっている。
ほぼすべてのベトナム家族は、家の中心的な場所に祖霊祭壇を設け、祖先のタブレット(木製の板に故人の名前を刻したもの、故人の写真、中央に香炉(円形の線香は宇宙を象徴)、左側のキャンドル(太陽)、右側のキャンドル(月)を飾る。毎日、家族は線香を灯し、食事の一部を祖先に奉献し、無言の祈りまたは故人への語りかけを行う。
特別な日の儀礼も日本と同様にある。旧暦の初一日と満月:特に重要な供物日、故人の命日は家族全体での大規模祭祀であり、Tet(テト:旧正月)はベトナム最大の祭で、祖先は祭壇に「戻ってくる」と信じられており、新年の30日間、毎日朝夕に食事の奉献が続く。テトの期間に、生者と死者が「家族の祭壇で再会する」とされる。故人の祖先たちは、新年の祝宴に参加するために家に戻ると信じられており、その間、家族は継続的な供物と敬意を表現すのである。
祖霊祭壇は日本の仏間に似ており、旧正月の儀礼はお盆の慣習に例えてよいだろう。時期や形式は違えどアニミズムの本質はそっくりといえよう。
次はフィリピンに移ろう。
フィリピンの先住民アニミズムは植民地時代以前から現在まで、スペイン統治とカトリック化の影響下でも継続してきた最古の精神体である。フィリピン・アニミズムの中核は、「すべてのもの(人間、動物、植物、岩、山)が、霊的実在性を持つ」という前提がある。Anitoは主にルソン地域のお祖先の霊、自然精霊、神の総称であり、Diwataは主にビサヤ地域の自然精霊、美しい女性の精霊、森の守護者である。
シャーマンが、祖先の霊および自然精霊を招き、コミュニティとの関係性を再確認・再構築する儀式がある。シャーマンがトランス状態に入り、精霊と直接交信するところは青森県に伝わる恐山の巫女にそっくりである。特定の樹木(特に樹齢の長いバレテ樹)、岩、洞窟、埋葬地は、精霊の直接的な住所として認識されています。これらの場所には供物が置かれ、伐採や過度な採掘は禁止されている。現代の日本の若者たちに通じるパワースポットである。フィリピンを米国に支配され、英語を話す国とだけしか私たちは見ていないだろうか?
ベトナムとフィリピンはほんの限られた事例の紹介であるが、世界に目を向ければどの国もアニミズムがあり、文化の基底を形作っていることが分かる。もちろん、世界は広く、地域性や世俗の宗教の影響も受けてアニミズムの形、性格は様々である。日本の古典芸能はアニミズムが形を変えながら今日に継承されたものである。
夜間中学の話に戻る。
私たちスタッフ自身がアニミズムの多様性と共通性を理解することが、近代化された日本で学習する外国人生徒さんの母国の文化を再認識させ、アイデンティティの強化につながる最初の一歩になるだろう。
次は日本の古典芸能の源流と分岐をアニミズムの視点から見てみようと思う。