千里浜を走る
日本でただ一つ、海岸を車が走れる浜辺がある。石川県千里浜(ちりはま)ドライブウエイである。2025年7月24日は炎天下であった。金沢から能登 半島をめざす途中にある。先を急ぐ気持ちもあったが、なかなかここまで来る機会はそうないだろうと、寄り道をしたくなった。海岸の砂浜は目が細かく密に詰まっているので大型バスでも走ることができるという。どこの海岸でも砂浜はさらさらしていて容易に足がめり込むので、車が走ることができるということは、そのタイヤの跡はどうなるのか、タイヤがめり込まないのか不思議な期待であった。
のと里山海道の今浜ICを降りるとすぐに海岸に出た。砂浜には車や人が大勢いるだろうと思いながら、恐る恐る砂浜に下りてみると意外や人影も車もほとんどいない。見渡す限りの水平線と砂地の海岸である。暑さも車を走らせることも忘れて、車外に出た。足元を見ると車が急旋回した跡が残されていたが、きっとドライバーがどのくらいの硬さなのか試してみたのだろう。タイヤの跡ははっきりとついていたが、めり込んではいなかった。土を触ってみると密度の高く熱せられた感触が指先に伝わって来た。
波打ち際はに沿ってタイヤの跡が幾条にも連なり、そこから遠ざかる浜辺は舗装された道路のようにはっきりと二分されている。波打ち際は潮の干満で湿り気が高く、タイヤの跡が残るぐらいには柔らかいのであろう。
遠くに一台のセダンが海を背にして止まっていた。その前で二人の女性が写真を撮っているのであろう、いろいろなポーズを決めてはしゃいでいた。おやっと感じたのは車が波打ち際と並行でなく、海岸線に直角に停まっていたからである。はたして二人の女性は日本人ではなかった。聞けばスイス航空のキャビンクルーだという。仕事柄日本に何度も来ているが、ここには初めてだという。日本の休日を存分に楽しんでいた。
海は穏やかである。地震直後は一時的に閉鎖されたが数か月後には再開したという。
なぎさドライブウエイの区間は約5kmある。気がつけばすれ違った車が1台、追い抜いて行った車が1台、言葉を交わした人はたったの二人1組であった。ドライブの終点には看板が立っていて、浜辺を回復するプロジェクトが進んでいるという。一見乾燥しきった砂地に生き延びる小さな緑があった。
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(注)日本でただ一つと書いたが、世界でもまれな浜辺のドライブウエイである。一般的な海岸の砂は0.5~1.0mmであるが千里浜の砂はおよそその1/5のサイズで、しかも粒の大きさが揃った多様種類の尖った鉱石から成る。海水で湿ったこの砂は圧力を受けると瞬時に体積を膨らませ、密に絡み合って舗装道路のようになるという。河が山から運んでくる砂、海流、地形の妙が織りなした奇跡の風景である。