第二言語習得の難しさ(4):夜中に学ぶ

 発音の視覚化について考えてみた。日本人なら原稿用紙を知っている。原稿用紙はマス目のつながりからできている。元々は漢字を輸入したとき、漢文は四角形の文字が連続して成り立っていることから、マス目を意識して書いたことが今日の原稿用紙の源流ではないかと思う。これは余談である。

 しかしマス目一つにひらがな、カタカナ一つを書き込むというのは、偶然にも日本語のモーラ発音に対応していると考えるととても分かりやすい。生徒さんにはマス目を目で一つずつ追いながら、マス目を移るたびにモーラ(拍と長さ)を意識させて、ゆっくりと発音するよう、教える(もちろんその前の手本は必要である)。

 この時カタカナの「長音」を表す「―」も一マスに書き込むので、視覚的にこのマス目は単なる記号や箱ではなく、母音を延ばしているところ、と教える。延ばす母音は「―」の手前の文字の母音である。これを理解させるためには、アルファベット(ローマ字)表記を用いる。例えばひら仮名で「甲子園(こうしえん)(コーシエン)」なら「(コ)ko」というカタカナの母音「o」が1モーラ分だけ延ばされることになる(「ちゅごく」、「しゅし」の例をあげたことを思い出していただきたい)。

 日本人にとっては普段意識されずに行われていることであるが、日本語学習者にとっては落し穴になる。モーラ発音の訓練を経てきたかどうかすぐに気の付くところである。またローマ字表記にすることで日本語の長音におけるゆらぎ、特に「お(o)」、「う(u)」があることも理解できると考える(東京と発音するとき、「とうきょう」と聞こえるか、「とおきょう」あるいは「とおきょお」と聞こえるか)。

 マス目のもう一つの効用は、漢字であれ、ひらかな、カタカナであれ、マス目一杯に書くということが暗黙のうちに求められていることである。日本語学習者はえてしてマス目より小さく書こうとする。したがって、筆順はもちろん字のバランス、揃い方が美しくなくなる。マス目いっぱいに書くと、そのようなバランスがとりやすくなるのである。私たちはつい、そのようなところを飛ばして先に行こうとするが、ここで発音と形態的な基本をセットで教えるべきであると思っている。

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第二言語習得の難しさ(5):夜中に学ぶ